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江戸城(東京都千代田区)を訪問しました

江戸城(→東京都千代田区千代田)は平安時代中期の11世紀に秩父平氏の江戸重継(しげつぐ)が館を構えたのが始まりとされます。室町時代の1457(康正3/長禄元)年に武蔵国守護の扇谷(おうぎがやつ)上杉氏の家宰・太田道灌(おおたどうかん)が江戸城を築城しました。戦国時代には小田原北条氏が扇谷上杉氏を破って武蔵に進出すると、江戸城は1524(大永4)年に小田原北条氏の2代北条氏綱(うじつな)の支配下に入りました。1590(天正18)年7月...

世田谷八幡宮(東京都世田谷区)を訪問しました

世田谷八幡宮(→東京都世田谷区宮坂1丁目)は、江戸三相撲名所としても有名な八幡神を祀る神社です。創建は平安時代中期の1091(寛治5)年のことで、東北地方の戦乱である後三年合戦(1083年~87年)を平定した源義家(みなもとのよしいえ)が陸奥守(→陸奥国司の最高ランク)を解任されて帰途する際、この地で豪雨に遭い、天候回復をしている間に豊前国宇佐八幡宮(→大分県宇佐市)の分霊を勧請して創建したと伝わります。室町時代の戦乱で社...

國安稲荷社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました

神社には都道府県神社庁の管轄下にある神社以外にも個人や企業が創建した神社や祠、海上自衛隊の護衛艦内にある艦内神社など、様々な形があります。久しぶりに訪れてみると、かつてそこにあったはずの神社が忽然と無くなっていたり、宅地造成のために移転していたりすることも稀にあります。私が通っていた小学校の近くにあった神社も跡形なく無くなっていたため、所管の神社庁に問い合わせてみたものの「分からない」とのことでし...

須賀神社(東京都新宿区)を訪問しました

須賀神社(→東京都新宿区須賀町)は、建速須佐能男命(たけはやすさのおのみこと)と宇迦能御魂命(うかのみたまのみこと)を祭神とする四谷の産土神(うぶすながみ→土地の神とされる)で、「四谷18カ町の総鎮守」と謳われる神社です。もともとは、清水谷(→東京都千代田区麹町)にあった稲荷大明神を祭神とする稲荷社と日本橋大伝馬町(→東京都中央区)にあった牛頭天王(ごずてんのう)を祭神とする牛頭天王社という別々の別当寺(→神仏習合の時...

九段会館(東京都千代田区)を訪問しました

九段会館(→東京都千代田区九段南)は、1928(昭和3)年11月10日に行われた昭和天皇の即位の礼を記念する「昭和御大礼記念事業」の一環として「軍人会館」の名称で建設された、戦前期に多く見られた屋根が日本城郭風の帝冠様式(ていかんようしき)の建物です。1936(昭和11)年2月27日には前日に発生した二・二六事件(→陸軍皇道派の将校が「昭和維新」を唱えて約1400人の兵士と起こした反乱)を受けて戒厳司令部が設置され、1937(昭和12)年...

東京大学赤門(東京都文京区)を訪問しました

東京大学本郷キャンパスにある赤門(→東京都文京区本郷)を訪問しました。本郷キャンパスの場所は江戸時代には加賀藩上屋敷が置かれており、赤門の名で知られるこの門はその御主殿門(→御住居表御門とも)でした。もとは15ⅿほどキャンパス寄りの場所に位置していましたが、1903(明治36)年に医科大学創設のため現在の場所に移されたようです。加賀藩上屋敷の御主殿門(赤門)が造られたのは江戸時代後期の1827(文政10)年のことです。江戸...

秋葉大権現(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました

秋葉大権現(→神奈川県川崎市麻生区上麻生)は、昨日紹介しました麻生山 浄慶寺の山腹にある神仏習合の名残りと思われる神社です。「秋葉宮」と掲げられた鳥居をくぐると徳川将軍家の菩提寺(→徳川家康の母・於大の方の墓所がある)の一つである無量山 小石川伝通院(→東京都文京区小石川)から移された一対の狛犬が出迎えてくれます。参道脇には七福神の石像や浄慶寺の羅漢像があり、その時々の世相を反映した羅漢像でにぎわう「浄慶寺...

浄慶寺(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました

麻生山 浄慶寺(→神奈川県川崎市麻生区上麻生)は、小田急線の柿生駅から徒歩10分ほどにある阿弥陀如来を本尊とする浄土宗寺院です。安土桃山時代の1584(天正12)年に小田原北条氏の家臣三井左衛門尉(みついさえもんのじょう)が開基し、江戸時代初期の1615(元和元)年に浄慶寺として開山したと伝わります。境内には神仏習合の名残りと思われる秋葉大権現(秋葉神社)もあり、徳川将軍家の菩提寺の一つである無量山 小石川伝通院(→東京都...

十二神社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました

十二神社(→神奈川県川崎市麻生区万福寺)は、小田急線の新百合ヶ丘駅から歩いてすぐの場所にある神社で、江戸時代後期の1830(天保元)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都築郡万福寺村の条には「十二所社」と記されており、江戸時代中期の1711(正徳元)年11月1日に創建され、当時は万福寺村全体で17~18戸ほどでしたが、地元の有力者が資金を出し合って幕末の1851(嘉永4)年9月12日に社殿を再建したようです。現在の万福寺は人口が増...

湯島聖堂(東京都文京区)を訪問しました

湯島聖堂(→東京都文京区湯島)は、江戸時代前期の1632(寛永9)年に儒学者の林羅山(はやしらざん)が上野の私邸に建てた私塾・文庫・孔子廟(→儒教の祖・孔子を祀る廟)を、1690(元禄3)年に江戸幕府の5代将軍徳川綱吉(つなよし)が神田湯島に移築させ、「聖堂」と呼ぶように改めたものです。孔子廟とともに移転した林家の私塾は多くの門人を輩出し、1797(寛政9)年に幕府の直轄学問所となる昌平坂学問所の基礎となりました。この「昌平」と...

陽運寺と於岩稲荷田宮神社(東京都新宿区)を訪問しました

江戸時代後期に鶴屋南北が著した『東海道四谷怪談』の主人公お岩さん。自分を毒殺した夫を怨霊となって呪い殺すという江戸時代後期の1825(文政8)年に初演されたこの戯曲はとても有名ですが、夫に毒殺され怨霊になったお岩さんという女性は実在しません。モデルとなった徳川将軍家の御家人田宮又左衛門の娘・於岩(おいわ)さんという女性はいましたが、江戸時代初期の1636(寛永13)年に健気な一生を終えた女性であり、しかも、実際の...

湯島天満宮(東京都文京区)を訪問しました

湯島天満宮(→東京都文京区湯島)は湯島天神とも呼ばれ、社伝によると古墳時代前期の458(雄略天皇2)年1月に、勅命により天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)を祀る神社として創建されたと伝わります。雄略天皇といえば埼玉県稲荷山古墳(→埼玉県行田市)から「辛亥年(→471年)」「獲加多支鹵大王(→ワカタケル大王=雄略天皇)」と刻まれた鉄剣(→国宝)が出土したことで知られています。この発見により既に発見されていた熊本県江田船...
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