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十二神社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました

十二神社(→神奈川県川崎市麻生区万福寺)は、小田急線の新百合ヶ丘駅近くにある神社で、江戸時代中期の1711(正徳元)年11月1日に創建されたと伝わります。当時の万福寺村は17~18戸ほどでしたが、地元の有力者が資金を出し合い幕末期の1851(嘉永4)年9月12日にに社殿を再建したといいます。現在の万福寺は人口が増えて1丁目~6丁目までで9476人(→2023年)が住み、高級マンションがずらりと並ぶ景観となり、2005(平成17)年に鳥居と社殿が作り替えられました。

十二神社は十二柱の神々(→天神7代・地神5代)を祀ったことに由来します。一説には熊野十二所神社を勧請したともいいます。境内には小さな祠がいくつかあり、武蔵御嶽神社(→東京都青梅市御岳山)の「大口真神」の札が祀られています。この札は万福寺の御嶽講が毎年納めているものといいます。


出征兵士の祈願所
万福寺村の伝承では明治時代より出征する兵士が戦地へ赴く際に、神社境内にある砂を身に付けて出征すれば、めでたく無傷で凱旋できるという信仰が生まれ、この信仰は日清戦争(1894年~95年)・日露戦争(1904年~05年)はもとより、日中戦争~太平洋戦争(1937年~45年)にかけて出征兵士の間で無事の帰還を願って盛んに行われたと伝わります。

〖祭神〗
宇気母智大神(うけもちのおおかみ)
 →『日本書紀』のみに登場する五穀を司る食物の神で、月読命(つくよみのみこと)に理不尽に斬殺された。


十二神社は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡万福寺村の条に「十二所社」として次のように記されています。

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万福寺村
十二所社
除地二段、村内医王寺(→廃寺)の東丘上にあり、飯縄稲荷を合殿とす、覆屋二間に二間半にして坤(→南西)の方に向ふ、前に鳥居を立つ、村民の持(もち)なり、例祭は年々九月十二日なり。

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【十二神社の鳥居】
十二神社1

十二神社2



【十二神社の参道】
十二神社3

十二神社4


【十二神社の社殿】
十二神社6

十二神社10

十二神社12

十二神社13

十二神社15

十二神社16

十二神社19

十二神社20

十二神社18



【十二神社の境内】
十二神社9

十二神社7

十二神社8

十二神社17



十二神社29

十二神社28

十二神社30十二神社31

十二神社2132



【十二神社の宇気母智大神像】
宇気母智大神像1

十二神社27

宇気母智大神像2

宇気母智大神像3

宇気母智大神像4

宇気母智大神像5



【十に神社の祠】
十二神社21

十二神社24

十二神社22

十二神社23

十二神社25

十二神社26
(馬頭観音)

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