琴平神社(神奈川県川崎市麻生区)を訪問しました③
武州柿生 琴平神社(→神奈川県川崎市麻生区王禅寺東)の境内社である「福寿稲荷」は、江戸時代後期の1824(文政7)年に嬬恋稲荷総社(→群馬県、関東二十八カ国稲荷総社)から勧請したと伝わります。1846(弘化3)年に社殿を再建した際に「福寿稲荷大明神」と改称し、三座に稲荷大明神・多賀大明神・塩釜大明神を祀ったといいます。琴平神社では稲荷社・多賀社・塩釜社の3社をまとめて「お多賀さん」と呼びならわし、「福寿稲荷」と書きあらわすそうです。













〖祭神〗
・稲荷大明神(群馬県嬬恋稲荷総社の祭神)
→稲荷神のこと
・多賀大明神(滋賀県多賀大社の祭神)
→伊弉諾命(いざなぎのみこと)・伊弉冉命(いざなみのみこと)のこと
・塩釜大明神(宮城県塩釜神社の祭神)
→塩土老翁神(しおつちおじのかみ)のこと

【福寿稲荷(お多賀さん)の参道・鳥居】



【福寿稲荷(お多賀さん)の社殿】





【福寿稲荷(お多賀さん)の境内】



一見すると古そうに見えますが、稲荷大明神と彫られた字体が新字体なので戦後以降に作られたものと思われます。
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↓↓武州柿生 琴平神社について


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