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慈眼寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました

青蓮山 福聚院 慈眼寺(→神奈川県横浜市都筑区中川7丁目)は戦国時代後期の1571(元亀2)年に僧の浄海が開山した真言宗豊山派寺院で、創建時は大徳寺といいました。戦国時代中期の永禄年間(→1558年~1570年)に火災に遭い、現在地に移ったようです。江戸時代には星宿山 蓮華蔵院 王禅寺(→神奈川県川崎市麻生区王禅寺)の末寺でした。

慈眼寺は江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡大棚村の条に次のように記されています

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慈眼寺
見捨地一段五畝ばかり、字堂谷戸にあり、新義真言宗、王禅寺村王禅寺末、福聚院青蓮山と号す、元亀二年(戦国時代後期→1571年)八月の起立にして、開山僧浄海寂年を伝へず、本尊聖観音立像にして、長(ながさ)三尺五寸(→約105cm)(ばかり)、客殿六間に五間西南の向(むき)なり、この寺は大徳寺とて、其頃(そのころ)は後の方谷戸にあり、昔は庵室にてもありにしや、永禄年中(戦国時代後期→1558年~1570年)火災にかかり、其後(そのご)今のところへ移せりと云(いう)

浄海塚
境内の丘上にあり、一坪ばかりの処(ところ)なり、供養の為に当時の開山経文を埋めし跡なりと云(いう)。

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【慈眼寺の入口・弘法大師像】
慈眼寺の入口1

慈眼寺の入口2

慈眼寺の入口3

慈眼寺の入口4

慈眼寺の入口5



【慈眼寺の本堂】
慈眼寺の本堂1

慈眼寺の本堂2

慈眼寺の本堂3

慈眼寺の本堂4

慈眼寺の本堂5

慈眼寺の本堂6

慈眼寺の本堂7

慈眼寺の本堂8

慈眼寺の本堂9

慈眼寺の本堂10



【慈眼寺の六地蔵】
慈眼寺の六地蔵1

慈眼寺の六地蔵2

慈眼寺の六地蔵3

慈眼寺の六地蔵4

慈眼寺の六地蔵5

慈眼寺の六地蔵6

慈眼寺の六地蔵7



【慈眼寺の地蔵群】
慈眼寺の地蔵群1

慈眼寺の地蔵群2

慈眼寺の地蔵群3

慈眼寺の地蔵群4

慈眼寺の地蔵群5

慈眼寺の地蔵群6

慈眼寺の地蔵群7

慈眼寺の地蔵群8



【慈眼寺の境内】
慈眼寺の境内2

慈眼寺の境内3

慈眼寺の境内4


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