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東方天満宮(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました

東方天満宮(→神奈川県横浜市都筑区)は、創建年代は不明ですがもとは字天神山(→神奈川県横浜市泉区字天神山)にあった社(やしろ)を安土桃山時代に現在地に移したと記されています。神仏習合の江戸時代には天神社と呼ばれ、高野山真言宗の高貴山 福聚院 正覚寺(→神奈川県横浜市都筑区池辺町)が別当寺として祭祀を司っていました。

明治時代末期の一村一社政策を受け、1909(明治42)年に近隣の八幡社・神明社・愛宕社・御嶽社・稲荷社と合祀され、1920(大正9)年には例祭に神奈川県知事から金銭が贈られる神饌幣帛料供進社(しんせんふはくりょうきょうしんしゃ)に指定されました。


〖祭神〗
神功皇后(じんぐうこうごう)
少名彦命(すくなひこのみこと)

東方天満宮(天満宮)は合祀された八幡社・稲荷社・天神社・弁天社・神明社・愛宕社とともに、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡東方村の条に次のように記されています。

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東方村
八幡社
除地二畝、村の西にあり、上屋一間半四方東向(ひがしむき)なり、神体二尺(→約60cm)ばかり、弓矢を帯して岩に腰掛けたる形なり、社前に木の鳥居を立(たて)、例祭四ヶ年に一度祭ると云(いう)、池辺村福聚楽院持(もち)

天神社
除地二段、村の中央にて、社は二間四方、拝殿三間に二間南向(みなみむき)なり、石の鳥居を立(たて)、石段数級あり、神体は束帯の姿にて木の坐像なり、長(ながさ)一尺五寸(→約45cm)ばかり、古物なれども其(その)作を伝へず、村の鎮守にして、例祭は七月二十五日、これも池辺村福聚院の持(もち)なり。

末社弁天社
本社に向(むかい)て左りにあり。

神明社
村の東にあり、村民の持(もち)

愛宕社
村の東にあり、これも村民の持(もち)

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【東方天満宮の一の鳥居】
東方天満宮の鳥居1

東方天満宮の鳥居2

東方天満宮の鳥居3


【東方天満宮の由緒書】
東方天満宮の鳥居4



【東方天満宮の二の鳥居・参道・狛犬】
東方天満宮の二の鳥居1

東方天満宮の二の鳥居2

東方天満宮の二の鳥居3

東方天満宮の狛犬3

東方天満宮の狛犬1

東方天満宮の狛犬2



【東方天満宮の拝殿・本殿】
東方天満宮の拝殿・本殿1

東方天満宮の拝殿・本殿2

東方天満宮の拝殿・本殿3

東方天満宮の拝殿・本殿4

東方天満宮の拝殿・本殿5

東方天満宮の拝殿・本殿6

東方天満宮の拝殿・本殿7

東方天満宮の拝殿・本殿8

東方天満宮の拝殿・本殿9



【東方天満宮の境内】
東方天満宮の境内1

東方天満宮の境内2

東方天満宮の境内3

東方天満宮の境内4

東方天満宮の境内5


【東方天満宮の祠】
東方天満宮の祠1

東方天満宮の祠2

東方天満宮の祠3

東方天満宮の祠4

東方天満宮の祠5


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