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専念寺(神奈川県横浜市港北区)を訪問しました

亀甲山 本覚院 専念寺(→神奈川県横浜市港北区新羽町)は、安土桃山時代末期の1601(慶長6)年に新羽村の村民良太郎の先祖清太郎が開基し、僧の耕公が開山したと伝わる浄土宗寺院です。清太郎は、小田原北条氏の旧臣で1590(天正18)年の北条氏滅亡とともに帰農した村の有力者と比定されています。

江戸時代の専念寺は、本山・末寺の制により近隣の浄土宗寺院の中本字格である松亀山 本覚院 泉谷寺(→神奈川県横浜市港北区小机町)の末寺となりました。

専念寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡新羽村の条に次のように記されています。

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新羽村
専念寺
小名亀山、村の南にあり、村内専念寺、元は此所にありと云(いう)、故に彼等を亀甲山と号せり。除地三段五畝十歩、村の中央にあり、浄土宗、橘樹郡小机村泉谷寺末、亀甲山と称す、当寺も村内の字亀山と云所(いうところ)にありしを、此所へひきしことは前にもいへり、客殿七間に六間半巽向(たつみむき→東南)なり、本地木の立像にて長(ながさ)八寸(→約24cm)(ばかり)、慈覚大師(→平安時代の天台宗の高僧円仁)の作なりと云(いえ)り、開山は耕公慶長十年(江戸時代初期→1605年)七月十四日寂す、村民良太郎と云者(いうもの)の先祖に清太郎と云(いう)あり、彼が慶六年(安土桃山時代末期→1601年)開基せしなりと云(いう)

観音堂
門を入(はいり)て左にあり、三間四方、正観音(→聖観音)は木の立像長(ながさ)一尺(→約30cm)余。

稲荷社
客殿に向(むかい)て左にあり、一間四方。

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【専念寺の入口・馬頭観音】
専念寺の入口1

専念寺の入口2

専念寺の入口3

専念寺の入口4

専念寺の入口5

専念寺の入口6



【専念寺の山門】
専念寺の山門1

専念寺の山門2

専念寺の山門3

専念寺の山門4

専念寺の山門5

専念寺の山門6

専念寺の山門7

専念寺の山門8

専念寺の山門9



【専念寺の本堂】
専念寺の本堂1

専念寺の本堂2

専念寺の本堂3

専念寺の本堂4

専念寺の本堂5

専念寺の本堂6

専念寺の本堂7

専念寺の本堂7



【専念寺の観音堂】
専念寺の観音堂1

専念寺の観音堂2

専念寺の観音堂3

専念寺の観音堂4

専念寺の観音堂5



【専念寺の境内・地蔵群】
専念寺の境内・地蔵群1

専念寺の境内・地蔵群2

専念寺の境内・地蔵群3

専念寺の境内・地蔵群4

専念寺の境内・地蔵群5

専念寺の境内・地蔵群6


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