万福寺(神奈川県横浜市青葉区)を訪問しました
興栄山 信乗院 万福寺(→神奈川県横浜市青葉区田奈町)は、『新編武蔵風土記稿』には創建年代は不詳とありますが、寺伝によると南北朝時代中期の1369(応安2)年9月に僧の快秀が創建したと伝わる高野山真言宗寺院です。1369(応安2)年は、足利義満が室町幕府3代将軍に就任した翌年にあたります。
本尊は薬師如来像で、江戸時代には本山・末寺の制により摩尼山 延寿院 徳恩寺(→神奈川県横浜市青葉区恩田町)の末寺に置かれ幕藩体制の一翼を担いました。
万福寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡徳恩寺村の条に次のように記されています。
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徳恩寺村
万福寺
除地(→諸税が免除された土地)、八段許(ばかり)、村の中央にあり、是も古義真言宗、徳恩寺末、興栄山信乗院と号す、開山快秀其(その)年代を伝へず、客殿七間に六間南向(みなみむき)なり、本尊薬師坐像にして長(ながさ)五寸(→約15cm)許(ばかり)。
護摩堂
客殿に向(むかい)て右にあり、西に向(むか)ふ、堂は三間四方、不動の立像長(ながさ)一尺五寸(→約45cm)なるを安ず。
鐘楼
境内に入(いり)て右の方にあり、一丈三尺(→約3ⅿ90cm)四方、宝暦八年(江戸時代中期→1758年)に鋳し鐘なり。
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【万福寺の山門】




【万福寺の本殿】











【万福寺の鐘楼】





【万福寺の境内】













(弘法大師像)



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↓↓江戸時代に本山であった摩尼山 延寿院 徳恩寺


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