上恩田杉山神社(神奈川県横浜市青葉区)を訪問しました
上恩田杉山神社(→神奈川県横浜市青葉区あかね台1丁目)は、江戸時代に創建された神社で、江戸時代後期の1852(嘉永5)年3月の社屋造営の棟札が現存しているといいます。アメリカ東インド艦隊司令長官のマシュー=カルブレイス=ペリーが「黒船」を率いてい浦賀(→神奈川県横須賀市)に最初に来航するのは、翌年の1853(嘉永6)年6月3日のことです。
上恩田杉山神社は、江戸時代には高野山真言宗の摩尼山 延寿院 徳恩寺(→神奈川県横浜市青葉区恩田町)が別当寺として祭祀を司りました。1868(明治元)年の神仏分離令により改めて日本武尊(やまとたけるのみこと)が祭神となり、昭和時代初期の1932(昭和7)年5月に、例祭の際に神奈川県知事から神饌幣帛料(しんせんふはくりょう→金銭)を拝領する神饌幣帛料供進神社(しんせんふはくりょうきょうしんじんじゃ)に指定されました。創建時の祭神・神体は不明です。
〖祭神〗
・日本武尊(やまとたけるのみこと)
上恩田杉山神社は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡恩田村の条に「杉山社」として次のように記されています。
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恩田村
杉山社
除地(→諸税が免除された土地)、三歩、村の西の方にあり、社は一間半四方、覆屋三間に四間半東向(ひがしむき)なり、例祭は九月十九日、村内徳恩寺(→神奈川県横浜市青葉区恩田町)の持(もち)。
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【上恩田杉山神社の鳥居】





【上恩田杉山神社の社殿】










【上恩田杉山神社の境内】








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曇天のため午後3時頃ですが、境内は薄暗かったです。
↓↓江戸時代に別当寺だった摩尼山 延寿院 徳恩寺


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