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長泉寺(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました

妙見山 不動院 長泉寺(→神奈川県横浜市都筑区北山田7丁目)は、創建の詳細は不明ですが、江戸時代中期の延享年間(→1744年~1747年)に死去した僧の覚推が中興開基したと記される真言宗豊山派寺院です。もとは西不動谷(→神奈川県横浜市都筑区南山田2丁目)にありましたが、江戸時代中期に現在地に移転し、この地の領主河野通有(こうのみちあり→八王子千人同心の1家)から二段五畝の畑を寄進されたと記されます。

長泉寺は、江戸時代には本山・末寺の制により星宿山 蓮華蔵院 王禅寺(→神奈川県川崎市麻生区王禅寺)の末寺として幕藩体制の一翼を担う一方で、山田神社(→神奈川県横浜市都筑区南山田)の前身となる妙見社神明社八幡社熱田社熊野社子ノ神社稲荷十社(うち8社)の別当寺として、祭祀を司りました。

〖本尊〗
・不動明王


長泉寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡山田村の条に次のように記されています。

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山田村
長泉寺
除地(→諸税が免除された土地)、一町八段歩、村の字芝生谷にあり、新義真言宗、王禅寺村王禅寺の末、妙見山と号す、不動院と称す、元当寺は村の西不動谷にありしを、今の処(ところ)へ移せり、開山は寺伝を失ふ、中興開山を覚推といふ、延享(江戸時代中期→1744年~1747年)中に寂す、本尊不動は坐像長(ながさ)七寸(→約21cm)ばかり、此外銅像の不動を厨子に収む、長(ながさ)一寸八歩(→約5cm)、秘仏にて住僧といへども一代に一度ならでは拝することをえず、客殿七間半に六間東向(ひがしむき)なり、地頭河野伴右衛門(→河野通有)より畠二段五畝を寄附せり。

十王堂
境内の丘上にあり、登ること三十間許(ばかり)、三間半西向(にしむき)なり、十王は各二尺(→約60cm)程、傍に大日如来を置(おく)、木像にて長(ながさ)三尺(→約90cm)ばかり、此堂元は経堂なりといへり。

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【長泉寺の山門】
長泉寺の参道1

長泉寺の参道2



【長泉寺の参道】
長泉寺の参道1

長泉寺の参道2

長泉寺の参道3



【長泉寺の本堂】
長泉寺の本堂1

長泉寺の本堂2

長泉寺の本堂3

長泉寺の本堂5

長泉寺の本堂6

長泉寺の本堂8

長泉寺の本堂9



【長泉寺の内陣】
長泉寺の内陣1

長泉寺の内陣2



【長泉寺の鐘楼】
長泉寺の梵鐘1

長泉寺の梵鐘2

長泉寺の梵鐘3



【長泉寺の祠】
長泉寺の祠1

長泉寺の祠2

長泉寺の祠3

長泉寺の祠8



【長泉寺の仏像群】
長泉寺の地蔵尊1

長泉寺の地蔵尊2

長泉寺の地蔵尊3

長泉寺の地蔵尊4

長泉寺の地蔵尊5

長泉寺の祠4

長泉寺の祠5

長泉寺の祠6

長泉寺の祠7

長泉寺の地蔵



【長泉寺の境内】
長泉寺の地蔵尊4

長泉寺の境内1

長泉寺の境内5

長泉寺の境内2

長泉寺の境内3

長泉寺の境内4

長泉寺の境内10


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↓↓江戸時代に本山であった星宿山 蓮華蔵院 王禅寺

↓↓八王子千人同心屋敷記念碑

↓↓別当寺を務めた妙見社(→現在の山田神社)


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