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延命寺(東京都多摩市)を訪問しました

関門山 地蔵院 延命寺(→東京都多摩市関戸5丁目)は、鎌倉時代に鎌倉街道を往来する人たちの安全を祈願した地蔵尊を祀った草庵からはじまる時宗寺院です。時代が下り江戸時代の1702(元禄15)年に、藤沢山 無量光院 清浄光寺(→神奈川県藤沢市西富1丁目)の23代住職で、遊行48世(→一遍から数えて48代目の遊行上人)の賦国が、自身の隠退の地とするため延命寺を開山したと記されます。ただし、賦国は延命寺に入らず1711(正徳元)年に音響山 伝相院 善福寺(→東京都品川区北品川1丁目)で56歳で死去しました。

寺域が関戸合戦の古戦場跡であることから、延命寺では毎年5月17日に関戸合戦で討死した北条軍の無縁仏と北条泰家を守り討死した横溝八郎高貞の供養を行っているようです。


延命寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』多磨郡関戸村の条に次のように記されています。

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関戸村
延命寺
境内年貢地、村の東の方本村と云(いう)所にある、関門山地蔵院と号す、時宗にて相模国藤沢清浄光寺の末寺なり、相伝ふ当寺は昔僅(わずか)な庵室なりしを、本山(→清浄光寺)の住持普国(→賦国の誤記)(い)ひし僧の退隠の地に定めしより、延命寺の号をはじめて一(ひとつ)の寺院となれりと、普国(→賦国)はゆへありて遂に此へは隠居せざりしとなり、又普国(→賦国)は何の年寂せしと云(いう)も伝へざるにより、起立の年歴は知るべからず、客殿七間に五間半、本尊弥陀の立像長(ながさ)三尺(→約90cm)なるを安置す。

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※賦国(1656年~1711年)は56歳で品川善福寺で死去しました。

【延命寺の山門】
延命寺の山門1

延命寺の山門2

延命寺の山門3



【延命寺の本堂】
延命寺の本堂1

延命寺の本堂2



【延命寺の境内】
延命寺の境内1

延命寺の境内2

延命寺の境内3

延命寺の境内4

延命寺の境内5


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↓↓本山の藤沢山 無量光院 清浄光寺➀

↓↓本山の藤沢山 無量光院 清浄光寺➁

↓↓関戸古戦場跡と横溝八郎の墓➀

↓↓北条軍無名戦士の墓と横溝八郎の墓➁


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