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永山諏訪神社(東京都多摩市)を訪問しました

永山諏訪神社(→東京都多摩市諏訪1丁目)は、室町時代に武蔵国守護代で由井城主の大石信濃守顕重(おおいし しなののかみ あきしげ)が諏訪大社(→長野県諏訪市・茅野市・下諏訪町)を勧請し、大風(→台風)除けの守護神として崇敬されたと伝わります。

永山駅周辺は由井領(→国衆大石氏の領国)に含まれ、戦国時代の1559(永禄2)年11月には、北条氏照(→北条氏康三男)が養子縁組の形で大石氏の家督を譲られ、氏照の奉行人として付けられた家老の狩野泰光(かのうやすみつ)らが由井領の支配を行いました。その後、大石氏の被官は北条氏照の軍団に編入され、1590(天正18)年7月24日の八王子城合戦で北条氏と運命を共にしています。

永山諏訪神社は、江戸時代には連光村の真言宗豊山派寺院の医王山 薬王寺(→東京都多摩市諏訪3丁目、現在は廃寺)が別当寺として祭祀を司りました。

〖主祭神〗
建御名方神(たけみなかたのかみ)
〖祭神〗
日本武尊(やまとたけるのみこと)
菅原道真(すがわらのみちざね)
大物主神(おおものぬしのかみ)


永山諏訪神社は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』多磨郡連光寺村の条に「諏訪社」として次のように記されています。

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連光寺村
諏訪社
見捨地、三畝余、村の西乞田村境の山上にあり、丘下より二町余をのぼりて社前に至る、本社は小祠にて上屋あり、ニ間半四方、巽向(たつみむき→東南)、馬引沢の鎮守なり、例祭九月二十七日。

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【永山諏訪神社の鳥居】
永山諏訪神社の鳥居1

永山諏訪神社の鳥居2



【永山諏訪神社の社殿】
永山諏訪神社の社殿1

永山諏訪神社の社殿3

永山諏訪神社の社殿4

永山諏訪神社の社殿5

永山諏訪神社の社殿6

永山諏訪神社の社殿7

永山諏訪神社の社殿8

永山諏訪神社の社殿9



【永山諏訪神社の境内】
永山諏訪神社の境内


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↓↓高津諏訪神社について


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