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妙法寺(神奈川県川崎市高津区)を訪問しました

祇央山 龍頭院 妙法寺(→神奈川県川崎市高津区久末)は創建年代等は不詳ですが、江戸時代には浮岳山 昌楽院 深大寺(→東京都調布市深大寺元町5丁目)の末寺として幕藩体制の一翼を担った天台宗寺院です。本堂には1976(昭和51)年春に山門前から出土した鎌倉時代中期の「建長七年」と彫られた鎌田政清(かまたまさきよ→源義朝の乳兄弟)の往生を願うと記された板碑が安置されています。1255(建長7)年は鎌倉幕府の5代執権北条時頼(→泰時の孫)の治世で、鎌田政清の没後100年(→百回忌)にあたります。板碑には「主君聖霊」とあるので政清の家臣の子孫たちによって建てられたことが分かります。

妙法寺境内には、1694(元禄7)年に久末村の領主であった旗本佐橋佳純(さはしよしずみ)の「苛政」を幕府に直訴した罪で処刑された名主(義民)を祀った義民地蔵尊が安置されています。この地蔵尊は、1746(延享3)年に現在の中原街道沿いの久末バス停付近に安置されたものを、1983(昭和58)年に妙法寺に移転したと記されます。


妙法寺は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』橘樹郡久末村の条に次のように記されています。

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久末村
妙法寺
字後ろ谷戸にあり、天台宗多磨郡深大寺村深大寺末、祇央山龍頭院と号す、開山の年代を伝へず、客殿六間に七間東向(ひがしむき)なり、本尊釈迦坐像にして長(ながさ)七寸(→約21cm)、作しれず境内すべてすこし高き地なり。

護摩堂
客殿に向ひて左の方小丘にたてり、二間四方南向きなり、弁財天不動毘沙門の三躯を安ず。

古碑
上に梵字あり明徳二年(南北朝時代→1390年)七月と刻す、その余はかけ損じて文字よむべからず。

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【妙法寺の山門】
妙法寺の山門1

妙法寺の山門2

妙法寺の山門3



【妙法寺の本堂】
妙法寺の本堂1

妙法寺の本堂2

妙法寺の本堂3

妙法寺の本堂4



【妙法寺の義民地蔵尊】
妙法寺の義民地蔵尊5

妙法寺の義民地蔵尊4

妙法寺の義民地蔵尊2

妙法寺の義民地蔵尊3

妙法寺の義民地蔵尊1
(史実と伝承の乖離が見られます)


【妙法寺の境内】
妙法寺の境内1

妙法寺の境内2

妙法寺の境内3

妙法寺の境内4
(最澄像)
妙法寺の境内5



【妙法寺の境内社(稲荷大神)】
妙法寺の境内社1

妙法寺の境内社2

妙法寺の境内社3

妙法寺の境内社4



【妙法寺の境外社(天王社・庚申塔)】
妙法寺の天王社・庚申塔2

妙法寺の天王社・庚申塔1

妙法寺の天王社・庚申塔3

妙法寺の天王社・庚申塔4

妙法寺の天王社・庚申塔5

妙法寺の天王社・庚申塔6

妙法寺の天王社・庚申塔6


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↓↓久末義民地蔵尊・庚申塔について

↓↓本山である浮岳山 昌楽院 深大寺

↓↓深大寺そばと深大寺について

↓↓牛頭天王社(祇園社)と御霊信仰について

↓↓鎌田堂(鎌田政清堂)について


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