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福聚院(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました

高貴山 福聚院 正覚寺(→神奈川県横浜市都筑区池辺町)は、創建年代等の詳細は不明の高野山真言宗寺院ですが、寺伝によると鎌倉時代には創建されていたといい、本尊は運慶作の不動明王坐像と伝わります。境内に4つある古碑のつち1つは室町時代の永享(→1429年~1441年)の年号が入っているため、古い寺院であることは確かなようです。室町時代には戦乱などで荒廃したようですが小田原北条氏の統治下に僧の継院が中興開基したと記されます。
江戸時代には本山・末寺の制により瑞雲山 本覚院 三會寺(→神奈川県横浜市港北区鳥山町)の末寺となっています。また、神仏習合の頃は池辺杉山神社の別当寺として祭祀を司りました。現在は毎年1月28日に、「福を聚(あつ)めるだるま市」が開かれ、境内は賑わいをみせているといいます。


福聚院は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡池辺村の条に次のように記されています。

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池辺村
福聚院
除地、二段五畝、村の中央より少く西にあり、古義真言宗、橘樹郡鳥山村三會寺末、高貴山正覚寺と号す、客殿七間半に六間南向(みなみむき)なり、本尊不動坐像一尺(→約30cm)余、運慶の作と云(いう)、古(いにし)への開山は伝へざれど、其頃は修験にて中興を継印と云(いい)しものなり、弘治元年(→1555年)正月二十五日寂し、境内に古碑四基あり、其内一(ひとつ)は永享(室町時代→1429年~1441年)の年号見ゆ、三基は摩滅して見えず。

鐘楼
門を入て右にあり、三間半四方、鐘は寛延元年(江戸時代→1748年)に鋳改めしと云(いう)

大日堂
門を入て左にあり、三間半四方、木の坐像一尺五寸(→約45cm)なり、近き頃別に子安地蔵を安ず、恵心(→恵心僧都)の作にして木の長(ながさ)六寸(→約18cm)ばかりなり。

弁天堂
門を入て左りにあり。

稲荷祠
本堂の西にあり。

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【福聚院の山門】
福聚院の山門1

福聚院の山門2

福聚院の山門3

福聚院の山門4

福聚院の山門5



【福聚院の本堂】
福聚院の本堂1

福聚院の本堂2

福聚院の本堂3

福聚院の本堂4

福聚院の本堂5

福聚院の本堂6

福聚院の本堂7



【福聚院の鐘楼】
福聚院の鐘楼1

福聚院の鐘楼2

福聚院の鐘楼3



【福聚院の大日堂】
福聚院の大日堂3

福聚院の大日堂1

福聚院の大日堂2



【福聚院の境内】
福聚院の境内1

福聚院の境内3
(弘法大師像)
福聚院の境内

福聚院の境内4

福聚院の境内5

福聚院の境内6

福聚院の境内7

福聚院の境内8

福聚院の境内9

福聚院の境内2


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↓↓福聚院が別当寺を務めた池辺杉山神社


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