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池辺杉山神社(神奈川県横浜市都筑区)を訪問しました

池辺杉山神社(→神奈川県横浜市都筑区池辺町)は、創建年代等の詳細は不明ですが、中世の頃より池辺村の鎮守であったと伝わります。神仏習合の頃は八所権現を本地仏とする木像の不動立像と神体として祀っていたと記されます。権現(ごんげん)とは神仏習合の頃に「仏や菩薩が日本の神々という仮(=権・ごん)に姿を変えて現れる」という考え方で、これを本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)、または仏本神迹説(ぶっぽんしんじゃくせつ)といいます。後年、八所権現を祀っていた社は村の北のほうに移転したようで、江戸時代の頃は束帯をまとった木の立像を神体として祀っていたと記されます。江戸時代には高野山真言宗寺院の高貴山 福聚院 正覚寺(→神奈川県横浜市都筑区池辺町)が別当寺として祭祀を司りました。
1868(明治元)年に神仏分離令が発布されると祭神を五十猛命(いそのたけるのみこと)に改め、社名を「杉山神社」に改名したといいます。

〖主祭神〗
五十猛命(いそのたけるのみこと)
〖祭神〗
素戔嗚命(すさのおのみこと)


池辺杉山神社は、江戸時代後期の1830(文政13)年に編纂された『新編武蔵風土記稿』都筑郡池辺村の条に「杉山社」として次のように記されています。

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池辺村
杉山社
除地、詳(つまびらか)ならず、村の北にあり、上屋二間半に三間、内に僅なる本社を置、南向(みなみむき)なり、神体は木の立像、束帯の状にて長(ながさ)二尺(→約60cm)(ばかり)、古き神体は不動木の立像長(ながさ)一尺五寸(→約45cm)(ばかり)、凡作にはあらずと云(いう)、秘して妄(みだり)に幣せしめず、本地(→神の本体となる仏)八所権現なり、今其社は北の方に立り、村の総鎮守にて例祭七月二十日、福聚院の持(もち)なり。

鹿島祠
本社の右にあり。

天王祠
同く左にあり。

愛宕祠・稲荷社
二社共に本社の後にあり。

十王堂
社地の内大門の右にあり、堂は二間四方。

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【池辺杉山神社の鳥居】
池辺杉山神社の鳥居3

池辺杉山神社の鳥居1

池辺杉山神社の鳥居2



【池辺杉山神社の社殿】
池辺杉山神社の社殿1

池辺杉山神社の社殿2

池辺杉山神社の社殿3

池辺杉山神社の社殿4

池辺杉山神社の社殿5

池辺杉山神社の社殿6

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池辺杉山神社の社殿8



【池辺杉山神社の境内社(八坂神社)】
池辺杉山神社の八坂神社1

池辺杉山神社の八坂神社2

池辺杉山神社の八坂神社3

池辺杉山神社の八坂神社4



【池辺杉山神社の境内社(稲荷社)】
池辺杉山神社の稲荷社3

池辺杉山神社の稲荷社1

池辺杉山神社の稲荷社2

池辺杉山神社の稲荷社4

池辺杉山神社の稲荷社5



【池辺杉山神社の境内社(鹿島社)】
池辺杉山神社の鹿島社1

池辺杉山神社の鹿島社2

池辺杉山神社の鹿島社3

池辺杉山神社の鹿島社4



【池辺杉山神社の境内】
池辺杉山神社の境内4
(力石)
池辺杉山神社の境内2

池辺杉山神社の境内3

池辺杉山神社の境内6

池辺杉山神社の境内5

池辺杉山神社の境内4

池辺杉山神社の境内3

池辺杉山神社の境内2

池辺杉山神社の境内1


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↓↓別当寺を務めた高貴山 福聚院 正覚寺



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