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林正寺(長野県長野市松代町)を訪問しました

真光山 林正寺(→長野県長野市松代町清野)は、鎌倉時代後期にこの地に配流され没した右大弁信広(うだいべんしんこう)の菩提を弔うために創建されたと伝わる浄土宗寺院です。戦後の1952(昭和27)年に旧松代藩主真田家の菩提寺である曹洞宗寺院・真田山 長國寺(→長野県長野市松代町松代)より2代藩主真田信政の御霊屋と表門が移築されたといいます。これらは江戸時代初期の霊廟建築として貴重であることから1966(昭和41)年に長野県の県宝に指定されました。

境内には松代藩士の娘で日本最初の近代演劇女優・松井須磨子(まついすまこ)の「カチューシャの唄」の一節が刻まれた歌碑が建てられています。


【林正寺の山門・参道】
林正寺の山門1



【林正寺の表門(県宝)】
江戸時代前期の1660(万治3)年に建てられたもので、切妻、桟瓦敷、四脚門(→二本の控え柱あり)が視認できます。

林正寺の表門1

林正寺の表門2

林正寺の表門3

林正寺の表門4



【林正寺の本堂(県宝)】
江戸時代前期の1660(万治3)年に松代藩の2代藩主真田信政の霊屋として建てられたもので、入母屋、桟瓦葺、千鳥破風(→正面のみ)、妻入などが視認できます。







林正寺の本堂1

林正寺の本堂4

林正寺の本堂2

林正寺の本堂6

林正寺の本堂3

林正寺の本堂7

林正寺の本堂8

林正寺の本堂5



【松井須磨子の演劇碑】
松井須磨子(1886年~1919年→本名: 小林正子)はイプセンの『人形の家』のノラ役で有名となり、後に島村抱月(しまむらほうげつ)らと芸術座を組織し、トルストイ原作の『復活』などを上演しました。1919(大正8)年に島村抱月が世界的に流行したスペイン風邪(→インフルエンザ)で死去すると自殺しました。

松井須磨子の演劇碑

松井須磨子2
松井須磨子(デジタル大辞泉より)
松井須磨子1
松井須磨子(長谷川時雨『近代美人伝』より)


【林正寺の境内】
林正寺の山門2

林正寺の山門3

林正寺の山門4

林正寺の山門5


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↓↓真田山 長國寺について

↓↓松井須磨子の墓所について


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