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小山田家住宅・矢沢家表門(長野県長野市松代町)を訪問しました

小山田家住宅(→長野県長野市松代町)は、1849(嘉永2)年に建てられた木造2階建て、寄棟、銅板葺の数寄屋造(すきやづくり)の上級武家屋敷で、冠木門(かぶきもん)の西側に置かれた番所と母屋は2006(平成18)年に国登録有形文化財に指定されています。

初代の小山田茂誠(おやまだしげまさ、1561年~1637)年は、甲斐都留郡の国衆小山田氏の一門筆頭で、父は1582(天正10)年3月の武田氏滅亡後に小田原北条氏を頼り、武蔵鉢形城(→埼玉県寄居町)に落ち延びた小山田弾正有誠(ありまさ)とされ、武田時代に真田昌幸の長女村松殿の婿となっています。

1590(天正18)年の北条氏滅亡後に昌幸を頼り、同年12月1日に村松郷(→長野県青木村)において蔵納300文を与えられました。1598(慶長3)年、昌幸から壱岐守(いきのかみ)の受領名を与えられるとともに、真田姓を許されているので、真田氏の一門待遇を受けたことが分かります。関ケ原合戦以降は昌幸の嫡男真田信之に仕え、1622(元和8)年、信之の松代転封に従って松代に移りました。

【小山田家住宅】
小山田家住宅1

小山田家住宅2

小山田家住宅3

小山田家住宅4


矢沢家表門(→長野県長野市松代町)は、松代藩の筆頭家老を務め、江戸時代中期以降は石高1400石、預同心40人の最高家格を誇った矢沢家住宅の表門です。1792(寛政4)年に再建された長屋門は、間口13.19ⅿ、奥行3.72ⅿ、高さ6.83ⅿで、入母屋造の瓦葺の屋根が特徴です。

矢沢真田家は、1624(寛永元)年10月3日に所領2125石を安堵された矢沢頼幸(やざわよりゆき→真田幸綱の弟頼綱の嫡男)から始まる真田家臣団最大の、松代藩筆頭家老の家系です。

【矢沢家表門】
矢沢家表門1

矢沢家表門2

矢沢家表門3

矢沢家表門4

矢沢家表門5

矢沢家表門6

矢沢家表門7

矢沢家表門8


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↓↓矢沢家墓所がある寒松山 大林寺


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